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痛み

​​ 痛みの定義 

 「痛みは実際に体が傷つけられた場合に感じる不快な感覚だけではなく、あたかも傷を受けたかのようなを感情をもたらす経験である(国際疼痛学会 1994)」と定義されます。 

 

 すなわち、実際目に見えるような傷がなくてもあたかも傷を受けたような痛い感覚がある場合も痛みに含まれることになります。

範囲による分類:局所疼痛と広範囲疼痛:

 痛みは範囲の広さから、局所疼痛と広範囲疼痛に分けられますが、広範囲疼痛には、線維筋痛症、脊椎関節炎、関節リウマチ、複合性局所疼痛症候群、慢性疲労症候群、身体表現性障害、リウマチ性多発筋痛症など多方面にわたり存在します。​ 

期間による分類:急性痛と慢性痛 

 痛みにはおおむね3か月(ほとんど4週間)以内に治ってしまう急性痛と、なかにはケガや病気が治っても続く慢性痛があり、これは3か月以上続く場合に該当します。また0.5~2か月間持続する痛みを亜急性痛と呼ぶ場合もあります。

 急性痛は、体が危険にさらされていることを探知して脳に伝え、危険を避ける行動をうながすための警告の目的があり生命の維持に必要な情報です。急性痛は痛みの原因となるケガや病気が治れば消えて行くものですが、ケガや病気が治っても続く場合の慢性痛は生命の維持に不必要であるばかりでなく、苦痛をもたらすため有害な痛みとされます。

場所による分類:体性痛と内臓痛

 体の表面が痛む体性痛と内側が痛む内臓痛に分けられ、体性痛には、熱傷や打撲などがあり、内臓痛には、肉離れや骨折などがあります。

原因による分類 :侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛、混合性疼痛

 痛みは、手足や内臓にケガや病気による刺激や損傷が起こり、その情報が電気的に神経を伝わって脳に伝達されて痛いと感じますが、刺激や損傷の情報を最初に電気信号に変換する所を侵害受容器と呼ぶことから、このような部位から生じる痛みは「侵害受容性疼痛」と呼ばれ(図1)、打撲、切り傷、骨折、変形性膝関節症、関節リウマチなどがあります。

 侵害受容器では炎症が起こり、シクロオキシゲナーゼという酵素が発現し、シクロオキシゲナーゼを合成した細胞は痛みを感じ易くさせるプロスタグランジンを産生します。プロスタグランジンによって過敏になった神経はちょっとした動きでも興奮しその刺激が脳に伝わり、脳が痛いと感じるようになります。

​ 消炎鎮痛剤はシクロオキシゲナーゼを阻害してプロスタグランジンの産生を抑制します。

​ このようにして発生した痛みの情報は、侵害受容器から神経(末梢神経)や、脊髄(中枢神経)を通って脳(中枢神経)に伝わって感知されます。この経路を上行性神経伝導路と呼びますが、痛みは侵害受容器への刺激や損傷によって起こるばかりでなく、この上行性神経伝導路への刺激や損傷によっても発生し、これは「神経障害性疼痛」と呼ばれ、坐骨神経痛などがあります。神経障害性疼痛が発生すると、シビレやアロディニア(触っただけででも痛みとして感じること)が生じたり、シビレ、電撃痛(電気が走るような痛み)、カウザルギー(灼熱痛、焼かれるような痛み)などが起こることがあります。

​ 侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛のほかに、痛みを説明できるだけの体の病変(器質的病変と呼ばれます)が存在しないか、器質的病変が存在するがそのことにより十分説明できない痛みが続く場合があり、非器質的疼痛と呼ばれます。

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侵害受容性疼痛

神経障害性疼痛

​痛覚変調性疼痛

​(非器質的疼痛、

心因性疼痛、

心理社会的疼痛)

混合性疼痛

図1 痛みの分類

 非器質的疼痛に関しては、2017年国際疼痛学会が侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛の2つの器質的疼痛と区別して nociplastic pain とういう第3の痛みを提唱し、2021年日本痛み関連学会連合が「痛覚変調性疼痛」と呼ぶことにしました。これは従来は心因性疼痛とか心理社会性疼痛と呼ばれてきた痛みですが、「noci-」は痛みの信号とそれに対する神経の反応、「plastic」は神経細胞の興奮や神経細胞間のネットワークが変わ得る性質を意味しており、これは様々な要因で脊髄から脳に至る神経回路が変化して痛みが生じたり痛みに過敏になったりする現象で、神経細胞の興奮や神経細胞間のネットワークが変わる(可塑性)性質を意味しています。この痛みは、痛みへの恐怖、不安、怒りやストレスなどの社会心理的な要因が関係し、それらの影響で神経回路が変化し、痛みが長期化し強くなるとみられています。従来の2つの疼痛に痛覚変調性疼痛が加わり痛み増強することがあります。

 線維筋痛症はこの痛覚変調性疼痛に含まれますが、侵害受容性疼痛に含まれる変形性関節症や関節リウマチも痛みが長期化すると痛覚変調性疼痛の割合が高くなることがあることから、侵害受容性疼痛の持続は痛覚変調性疼痛が起こる危険因子となることがあります。

 このように痛みには侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、痛覚変調性疼痛の3つ病態がありますが、実際には1つの病態だけでなく、いくつの病態が合併することがあり、混合性疼痛と呼ばれます(図1)。

痛みの慢性化について

 痛みの慢性化には、「可塑性」と「感作」とが関与しています。可塑性とは弾性の対語で「変化した状態が残る性質」で、神経系では痛みが起これば原因が無くなっても元の状態に戻らず痛みの過敏状態が記憶される状態で、一方無痛であればその状態が続くという性質です。このことから痛みを放置すると慢性化することが説明できます。逆に除痛状態を続けると痛みの長期的な除去のが可能性が高くなります。

 

 

 また痛みが長引くと、心理的、社会的要因の影響を受け、また痛みに対する恐怖、不安、不眠があると、いわゆる「痛みの悪循環」におちいり痛みは悪化・慢性化しやすくなり、一方不安や恐怖が無い状態では楽観的に痛みに向き合えて痛みは軽快・回復しやすいといわれます。

 

 痛みは心理社会的要因との循環的相互作用により慢性化、重症化すると言われています(図2:痛みの悪循環モデル)。

 

 

 

 

 また慢性痛では末梢から痛みを脳に伝える上行性神経伝導路の働きを抑制する下降性疼痛抑制系の機能が不十分となる状態が加わり、通常より痛みが長く強く感じるようになります。

 慢性疼痛患者さんの機能的脳画像の研究から痛みと情動との関連を示す、脳のネットワークがあることが分かってきましたが、このネットワークは下行性疼痛抑制系にも連絡していると考えられています。

痛みに対する治療法

治療の目的は痛みを完全に失くすというよりは、いかにして日常生活を向上していくかにあるといわれます。

治療の種類

薬物療法

神経ブロック療法

神経刺激療法

硬膜外腔内視鏡

理学療法

 ・運動療法

 ・物理療法

心理療法

 ・認知行動療法

    ・カウンセリング

手術療法

 

 痛み対する主な治療法は、薬物療法、運動療法、認知行動療法です。

薬物療法

 痛みの治療薬は、損傷や障害等で異常が起こっている部位により効果が異なります。侵害受容性疼痛には非ステロイド性消炎鎮痛剤で治療できる場合が多いのです。しかしそれ以外の痛みには神経が障害されることにより脊髄や脳にも様々な変化が起こっていることが知られており、痛みが生じるメカニズムがいまだに良く分かっていないことも多く、治療が十分に出来ているとはいえません。

 

 薬を使った治療としては、

  1. 侵害受容性疼痛に対して用いられるアセトアミノフェン(カロナール錠など)、非ステロイド性消炎鎮痛薬ロキソプロフェン(ロキソニン錠など)、セレコキシブ(セレコックス錠など)、ジクロフェナック(ボルタレン錠など)など

  2. 神経障害性疼痛に対してプレガバリン(リリカ錠など)、ミロガバリン(タリージェ錠)など、

  3. 抗うつ薬に分類されるデユロキセチン(サインバルタカプセルなど)、アミノトリプチリン(トリプタノール錠など)など

  4. オピオイド系では弱オピオイド鎮痛剤のトラトラマドール錠(トラマール錠、トラムセットなど)、強オピオイド鎮痛薬のブブレノルフィンなど(ノルスパンテープなど)

  5. ステロイド(プレドニンなど)

  6. プロスタグランジン(オパルモンなど)

  7. 局所麻酔薬(カルボカインなど)

  8. ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出物(ノイロトロピン錠・注射など)

  9. ヒアルロン酸注射(アルツなど)

  10. 漢方薬など

 が用いられています。

痛みの運動療法

 痛みに対する運動療法としての簡単なものは、ウォーキングやストレッチ、筋トレなどです。

認知行動療法

 認知行動療法の例としては、痛みに対する考え方を変えることが有ります。

 

 強く感じる痛みをより軽くするための3方法としては、

  1. 痛みに対しては「完全」か「」を目指すのではなく、「ほどほどで良い」と考えることです。「痛みのために仕事が完全にできないから終わり」と考えるのではなく、「痛みがあるが以前よりこれだけ仕事ができるようになったのは進歩だ」と考えるようにします。      

  2. 痛みのことばかり考えないようにします。痛みのことばかり考えるとそれもストレスになります。ストレスは痛みを増強させる傾向があります。

  3. 適度な運動をしたり、楽しいことなどをするなど、痛み以外のことに意識を集中させるように努力します。      

  4. ​実現可能な身近な目標を作ることです。例えば痛みで炊事ができなくて困っている時に茶碗を洗えることを目標にしてそれが達成されると、茶碗だけでも洗えるようになったのは進歩だと考えるなど、考え方を変えてみることです。このことによりストレスなどが関係することにより、痛みが増して行く痛みの悪循環の輪を断ち切るように努力します。

 

参考文献

  1) Bair Mu,et al.Depression and pain comorbi-

      dity:a literature review.Arch Intern Med         

      2003;163;2433-45

  2) Clauw DJ.Turn down the pain volume:fibro-

      myalgia's evolution from discrete entity to 

      prototypical central pain syndrome.The 

      Rheumatologist 2009;3:20-3

  3) Nociplastic-pain-の日本語訳に関する提案.pdf (upra-jpn.org)

​図2 痛みの悪循環モデル

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